―二〇〇四(平成十六)年十月の関西訴訟最高裁判決後に認定申請者が急増し、出水の会の会員も増えた。
「〇五年の一―三月がピークで、一カ月に二百人ほどの入会者がいた。そのころの勢いはなくなったものの、今でも月に五十人ほどは増えている。これからも認定申請者は増え続けるだろう。一時金がなく、医療費の自己負担が支給されるだけの新保健手帳では納得できない人がそれだけたくさんいるということであり、解決には政治決着しかない」
―与党水俣病問題プロジェクトチーム(PT)は、六月に新たな救済策をまとめる方針だ。
「必ず策定してもらわなければ困る。七月には参院選があるので、六月中に策定しなければ八月の概算要求に間に合わなくなる。そうなれば、また救済が遠のいてしまう。これ以上の先延ばしは許されない」
「求めているのは、一時金二百六十万円のほか、医療費の自己負担分全額や療養手当の支給などだ。治らない体を抱えながら暮らしていくために必要な補償であり、会員を一人残らず対象としてほしい」
―団体加算金の支給も求めている。
「前回の政治決着の際には五団体に団体加算金が支払われており、当然、今回も団体加算金が含まれなければおかしい。前回、出水の会は団体加算金の対象から外された。どうしてなのか理由がよく分からず、今でも納得していない」
「その憤りもあって、出水の会は政治決着後も認定申請者の掘り起こしを続けてきた。二〇〇〇年には、出水市の二人を鹿児島県の認定審査会に患者と認めさせた。もし、今回の政治決着で団体加算金をもらえなければ、出水の会は今後も活動を続ける。本当に混乱を終わらせるためには、団体加算金の支給が不可欠だ」
―出水の会には、最高裁判決前に鹿児島県に認定申請したものの、保留になったままの会員が三人いる。
「三人はいずれも五十代以下で、胎児性患者と同世代。このうち二人はへその緒が残っており、メチル水銀濃度が非常に高かったことが分かっている。つまり、胎児期に高濃度の汚染を受けていたことは明らか。保留の三人は、今回の政治決着とは別に速やかに行政認定してほしい」(聞き手・久間孝志)
●水俣病出水の会
1976年発足。認定申請者の掘り起こしなどの活動を続けていたが、95年の政治決着の際、団体加算金の対象から外れた。関西訴訟最高裁判決以降は、急増した認定申請者の受け皿となり、新たな認定申請者の団体としては最大。会員は約2600人(熊本県約1400人、鹿児島県約1200人)。尾上利夫会長は認定患者。